「ったく、お前は・・暑さに弱いんなら水分補給ぐらいしっかりやれっての。」

「・・・・返す言葉がございません。」

「自分で自覚してんなら尚更だ。」

「・・・すみません。」


なに、この状況。気が付いたら白い布団に埋もれていた自分は、状況判断も出来ぬままに部屋の主である保険医に説教をされている。
とりあえず、軽い相槌を打ちながら聞くところによると、またやってしまったらしい。
夏場は結構な割合でこういう状況に陥る。教室自体にはクーラーが効いているのだから特に問題は無いのだけれど、体育となると話は別だ。

問答無用で照りつける灼熱地獄。確かに、夏は暑い。それは私だけに限らず、授業を受ける生徒は皆、平等にこの暑さに苦しむ。お前だけじゃないんだ、と教師の言い分はこうなる。だが、考えても見てほしい。確かに暑さは生徒に皆、平等に襲い掛かるがそれによる個人の負担はそれぞれだ。
割と暑さに強いものもいれば、気分が悪くなりぶっ倒れてしまう人間もいる。それを理解してほしい。
学校とは勉学を学ぶところだ。体育も授業の1つであるが、個人個人で体調の不調頻度には差が生じる。
全員に全て同じを共有することは間違っている!と声を大にして訴えたいところではあるが、そんなことを言っていたら学校側もクラス単位の授業なんてしてられない。


あぁ、もう、堂々巡りもいいところだ。




「と、言うわけで・・どうやら私は体育の授業中に倒れたらしいです。」

「・・・・・長い自己状況分析を自分の中でやっていたつもりだろうが・・全部声に出ていたぞ。」

「・・マジですか?」

「ああ。」

「どの辺りから?」

「問答無用で・・・ってところからだな。」

「それって詰まるところほとんど全部ですね。」

「ああ。お前の言い分は痛いくらい分かった。」

「それは良かったです。でも、そういうのは聞かなかったことにするのが大人の優しさって奴ですよ。」

「・・お前、とりあえず何か言い返さないと気が済まねぇんだな。」

「そんなことないですよ。」


・・・はっきり言うと、引越しの挨拶の時からここでお世話になるだろうことは分かっていた。
だから前もって頭を下げておいたんだ。だったら、一々説教はちょっと酷い。
もういっその事、夏だけは通信制の学校とかがよかった。外に出なくて済むなら別にそれで構わない。

と、そこまで思案を巡らせていると目の前の先生は何だか呆れた様子でこちらを見ている。
私が徐々に不機嫌になるのに気づいてなのか、説教をしても無駄だと分かったのか、
彼は私の額を軽くペチペチと撫でてからデスクに戻っていった。

そういえば、気を失う前は3限の体育の授業だったけれど・・今は、放課後・・だろうか。
校庭が騒がしいから部活が始まっている時間帯なのかもしれない。
だったらここで休むより家に帰って寛いだ方が体調安定にもきっといい。
むしろ、はやく帰りたい。


「先生、」

「すみませーん。」


先生と、私が声を出したのと同時刻に、ノックもなしにガラリと保健室のドアが開かれる。
先生は私が口を開きかけたことには気づいていたけれど、とりあえず、と言った感じに扉に視線を向けて眉をピクリと上げる。

「・・・・・・・・。」


「うっわ、そんな嫌そうな顔しないでくださいよ。オレは滅多にお世話になってないでしょ。」

「まーな。お前単品には面倒をかけられることなんて珍しいんだがな。サッカー部という団体を挙げるとオレ様は借り出されてばっかだ。・・たく、ほら・・さっさとソコ座れ。」


扉を開けた人物は割と常連客らしい。ここからではカーテンで遮られて見えないためわずかに聞こえる話し声に耳を傾ける。
立ち聞きなのは百も承知。誰かが寝ていると分かるような状況で重要な話をするわけがないし、
聞きたい聞きたくない関係なく聞こえてしまうのだから文句はご遠慮願いたい。


「っはー・・派手にスライディングかましたな。だけど、見た目よりか全然酷くはねぇな。」

「あー、痛みもそんなにないからパッと消毒だけお願いします。」

「お前な・・。」


どうやら部活中に怪我をしたらしいその人物はのらりくらりと先生との会話を流す。
一見すると何も考えていないのか、もしくは上辺会話の得意な人間なんだな・・とぼんやり思う。
どこかで聞いたことのある声だったけれど、別に顔を出す必要性は無いだろうと極力静かにベットの中で寝返りを打った。




「・・・あれ、そういえば誰か寝てる?」

「ああ、ちょっと暑さにやられたらしくてな。」


若月はチラリと男子生徒が向けた視線の先を見てから、また治療のために前に向き直った。
傷口は洗ってきているようだったから軽く消毒してガーゼと薬を塗っておく。


「・・暑さ?・・・そういや葛城って大丈夫でした?」

「あ?」

「いや、なんか3限の体育の授業で倒れたってきいたから。」


どうせHRなんてあまり気にせずさっさと部活になだれこんだのだろう。
「あー、ただの熱中症だ。」と、カーテンの向こうにいるのが誰かなんて応えずに軽く流した。
男子生徒は少しだけ若月の回答を聞いて言葉を切ったが、すぐににっこりと笑みを浮かべる。



「じゃ、ありがとうございました。」

「おう。」


治療用の椅子からすっと立ち上がった人物は包帯の巻かれた足を少し気にしながらも入ってきたドアに
向かうべく足を向けた。


「・・・・・・・ッ!!!」

「え?」

ある意味丁度いいタイミングだったのかもしれない。
小さくて、聞き取りづらかったけれど、誰かの声がした。
少しばかり落着きの無い興奮した様子で誰かが叫んだかのようにも聞こえた。

シンと静まり返った保険室内。

若月は使用中のベットの反対側の校舎の窓を少しばかり開いた。
風に乗るように声がここまで届いた。


「・・いい加減にしなさいよ!!アンタ自分が何様だと思ってるわけ?」

「別に・・私は・・」

「難しいことを言ってるわけじゃないわ。彼に近づかないで、そう言っているだけよ。」

「アナタが不用意に近づいて彼が迷惑してるのって分からないわけ?」


なんとも、いい難いが・・漫画やドラマの中だけであってほしい場面だった。
だけど、もしかしたら漫画の中だけの方がマシなのかもしれない。
現実問題、こうした裏庭に呼び出して集団暴行事件が増えている。物騒な時代になったものだ。

一人の女性徒を数人で囲うようにして何かを強いるように怒鳴りつけているらしい。
どう見たって1対複数では、1人である女生徒が被害者だ。詳しく聞いてみたら原因なり
なにかあるのかもしれないが、この状況は複数の団体様が正義を主張するには些か無理がある。


「そもそも同じマンションに住んでいるってことも許せない!」

「これ以上近づくようなら、私達も容赦しないわよ。」


女は怖いねぇ、と若月が眉を顰めるのを横目で見ながら自分は出て行くべきかと男子生徒は思案する。
面倒だし、何よりもこういう場面に出くわすのは自分にとってのメリットがない。
助けたところでその少女が今度は自分に付きまとう事だって考えられる。
と、それでもいい加減どうにか結論を出さないと、と顔を上げたとき



シャ・・

と、カーテンを引く音が響き渡った。



「え、・・葛城・・・?」

「ちょっと、説教かましてくる。」

「は?」


彼女の視界には自分は入っていない。見つめる先は一点。
現場となっている裏庭に面した窓。
華原はベットに寝ていたのが彼女だと知って目を丸くするも(3限からずっと休んでいたんだ・・とのん気に考える暇はなかった)、
ツカツカと歩き出す彼女を呼び止める。



「ちょっと待って、オレも行くから。」

そう行ったオレは無意識に彼女の腕を掴んでいた。
驚いて振り返った彼女の目は見開かれていて、それが驚愕なのか拒絶なのか分からない。

「華原君・・・・・・。間に入ってくることは・・ルール違反だから。」

「え・・・?」

「ああいう場面で、あなたが姿を現すと問題解決どころか悪化するわ。
最後まで関わるつもりがないのなら首を突っ込もうとしないで。」

「・・・・・・。」


本当に、彼女の口から発せられた言葉なのか一瞬耳を疑った。
ありえないくらい普段の彼女と様子が違う。
ただそれは、自分のように偽った姿から滲み出た内部・・というよりかは普段気づかなかっただけの彼女のもう1つの顔のような気がした。
日常生活、ぼんやりと自分の世界に入っているような印象が強かったけれど、時に鋭い視線を向けてくることに気づいていないわけではなかった。


「ああいうのは、1回ガツンと言って聞かせないと気が済まないタチなのよ。」


彼女はもう華原の方を振り返る意志はないようだった。
窓へ近づく背を見つめて、何故か身体がこわばった。


「・・オレ様はここにいるから。まー本当にやばくなったら出てってやるよ。」

「ありがとう、先生。」


自分が、蚊帳の外のような感覚で胸の中が少しむず痒い。
まるで若月は彼女のことを理解しているかのような・・。

春奈はそのまま窓に足をかけてひらりと外へ出て行った。


「華原、あいつはオレ様が見ててやるからお前は部活戻っていーぞ。」

「・・・・・・。」

「華原?」

「え?あ・・・はい。」


声が、届かないほど意識が飛んでいたのだろうか。いや、声は聞こえていた。
別に考え事をしていたわけでもない。それでも、何故か思考がストップした。
若月は目を細めて口を閉じると彼女が出て行った窓へそっと視線を向けた。
自分は、戻るべきなのかもしれない。別に、彼女があの現場に乱入して何か起こそうにも若月が居てくれることで問題にはならないだろう。

第一、関係が・・ない。自分にとってどうでもいい、はずなのに・・。
心配するクラスメイトなんてすっかり抜け落ちていた。ただただ、ここから動けない。





「さっさと約束して。そうしたら解放してあげるんだから。」

「私は・・そんな勝手な約束は出来ない・・」

「は?さっきから私達が言ってた事聞いてた?アンタが不用意に近づいていい人じゃないの!」


「それは・・誰が、決めたの?」

「え・・?」

ざりっと砂利を踏む音と同時に第三者の声にその場に居たものは皆、揃えたかのように顔を上げる。

「春奈・・ちゃん?」


囲まれていた少女は乱入した者の顔を見るなり震えた声を出す。
それは、驚きが大部分を占めているようだった。

春奈はそんな少女の顔を見て安心させるようににっこりと微笑むだけで、言葉を掛けることは無かった。
そうして、周りを一通り見回せば見知った顔を何人かいる。
と、言っても友人というよりは隣のクラスの人や学年が違う人。
本当に“顔を見たことがある”、だけの人たちだったけれど。

「ちょ・・何、急に。」


向き合っている少女はこの場にそぐわない笑顔を浮かべている。
それが、乱入を理由に追い出せない要因になっていた。

だが、相手の少女達も呆気に取られたもののハッと気づいて再び息を荒げた。



「ちょっと!私達は彼女と話があるのよ。勝手に入ってきて何を・・」

「話?」

「・・・っ・・・」

「私が、間に入るような話の内容じゃ・・ないとは思うんだけど・・。それでもあまりにも身勝手な物言いよね。」


再び振り返った少女の顔に息を飲んだ。
さっきの笑顔は何かを含んでいるようで落ち着かなかったけれど、今回のは違う。
怒りでも悲しみでもなく、ただまっすぐに見てくる瞳の力に反らす事が出来なくなる。


「貴方達が誰を話しに挙げているのか知らないわ。過激派なファンクラブは・・深水君?こうした呼び出しがあるのは華原君のファン?」

「・・・・・・・。」

「答える意志はない、か・・。・・・・・ヒトミちゃん。」

バツが悪そうに口を紡ぐ彼女達に春奈は軽く溜息を吐いてから自分の後ろで動向を見守っている友人の名を呼ぶ。

呼ばれて思わず顔を上げてしまったことを後悔するも、遅い。
攻められているわけではないのだろうけれど、彼女は自分の味方になってくれているのだとは思うけれど、
それでもこの瞳で見つめられると少し背筋がぶるっとくる。


「・・・・・・颯太くんの・・」

「そう・・・深水君のファンクラブの人たち・・ね・・。」



答えずらそうにしているが、ゆっくりと重たい口から出てきた名前に春奈は苦笑を漏らした。
あぁ、やっぱり。NO.5の中の一人が原因だったのか、と。


「で、深水颯太ってどんな人?貴方たちにとってどんな存在?」

「え?」

「そんなに言うのなら、あなたは彼のことを良く知っているんでしょう?」

「あ・・当たり前じゃない!深水君はかっこよくて・・すごく可愛くて、お菓子が大好きで・・」


焦ったように彼女達は自分が感じる深水颯太という人物を並べていく。
それはもう一生懸命にお菓子を食べている時が可愛いとか、他の部活の助っ人で試合に出ているときとか、
次第に興奮したように並べられていく彼女達の中にある“深水颯太”像。

それを黙って聞く春奈の口元は優しくも見えるほど柔らかく弓なりになっている。
ヒトミはそんな春奈の意図が分からずにその場を見守るしか出来なかった。


「で、結局・・あなたたちって深水君をどうしたいの?」

「・・・どうするって・・・、わ・・・私達は見ているだけでいいのよ。深水君が笑ってるのが好き。
深水君に安易に近づく女が邪魔なだけで・・彼に近づかないのなら別に・・・」

「・・・支離滅裂なことを言ってるって・・わかっているの?」

「え、」

「私ね・・別に貴方たちの気持ちを軽んじているわけじゃないわ。例えば駅で見かけた人、とか近所に住んでいるお兄さん、だとか・・いつだって女の子って恋をする時は突然だったり一目惚れだったり。でも、何か履き違えていない?」

「履き違える・・」


「深水颯太くんの、何を知っているの?」

「な、にを・・」

「好きな人の好みだとか、家族構成だとか、好きなスポーツだとか・・そんなものはただの“情報”に過ぎない。」

「・・彼がどんな時に一番幸せだって感じるの?どんな時に胸がぎゅっと押しつぶされそうになるくらい辛い気持ちになるの?
彼が・・そういう気持ちをどんな子になら見せてあげられるの?」

「・・・・・・・・・・・・。」


「片思いやファンとしての気持ちは押し付けてはいけない。
だって、おかしいでしょう?彼に近づく女を許さない?それは・・彼に頼まれたこと?彼はソレを喜んで受け入れているの?」

「貴方たちのしていることは・・・彼を、悲しませる。」

「ッ・・・・・・!」


その時、はじめて春奈は悲しげに瞳を伏せた。


「もし、深水君が一人の女性としてヒトミを大事に思っているとしたら・・それを傷つける貴方達はただの悪者になってしまう。ねぇ、好きって気持ちは・・そうじゃないでしょう。誰かを好きって言うのはその人の幸せを願う気持ちだと、思うの。」

「春奈ちゃん・・・」

「・・・私は・・、私は・・ただ・・・」



「・・・・ねぇ、名前は?」

「え?」

思わず顔を上げれば、先ほどまでの勢いと間逆な笑顔を向けられて困惑する。


「私は葛城春奈。ヒトミちゃんの友達。アナタは?」

「・・・小林・・冴子」


声が枯れてしまったかのように唇が震えたけれど、それでも搾り出すようにして答えた。
春奈は名前を聞いて、納得したように微笑んだ。


「冴子ちゃん・・・人を好きになるって素敵な事だって思うの。
振り向いてもらいたくて、他の誰を犠牲にしても自分に笑いかけてほしいって思うものなのかもしれない。
でも、誰かに好きになってもらうなら・・自分が自分のことを好きだって思えるようにならないと。今の自分・・本当に好きって・・・・・・言える?」

「・・・・・・・・・。」

「本当に、心の底から誰かを好きになったら・・もっと・・・暖かい気持ちになるものでしょう?」

「・・・・・・・・。」

「言いたい事はそれだけ。ごめんなさい、私なんかが差し出がましくでしゃばっちゃって。」


にっこり、と何事もなかったかのような笑顔は何を意味するのだろうか。

ダン!!!


「っ・・・・」

「ごめんなさい・・。1つだけいい忘れていたことがあったわ。」

静かに沈黙の流れる場で、春奈は思い切り壁を殴りつけていた。

「私の親友をもう一度傷つけるようなことをしたら・・・今度は、許さない。
誰かの心を傷つけるのは、簡単よ。ただ、それに対する代償は大きいわ。よく、覚えておいて。」


相手の少女らはきつく唇を噛み締める。
何かを叫んでいい訳しないのは、少なからず春奈の言った言葉が正しいと知っているから。
をれでも唇を噛み締めてしまうのは、それでも自分の心からあの笑顔が消えない歯痒さ。
自分じゃ、どうしたって彼の笑顔を直接向けてもらえない。だからこその嫉妬。
大人数でルールを作れば、自分以外の女に彼の一番は盗られない。

そうすることでしか、どうにもできなかった。


そのまま、言い切った後、春奈はヒトミの腕を引いてスタスタと歩き出す。
ヒトミは慌てたように春奈と、後ろの子達を交互に見ていたがそれでも捕まれた腕に逆らわず歩みを進めた。

 























@あとがき

中途半端で申し訳ないです。
ま、まぁ・・元ネタはここからきてますよ!っていう感じで軽く流していただければと思います(*´v`*)
この場面は完全に夢小説、オリジナルヒロインが主役、として考えているのでここまで出来るのであって・・
春ちゃん(スクールライフ)はあくまでサブキャラなので、あまりでしゃばらせすぎも良くない、と少し控えめになってます。


しかし、まぁ・・コレを書き終えた当時はなんだかスッキリな気分だった気がします(^□^;)
美人で、強気で、格好よくて、お姉さまと呼ばせてください!!っていうイメージな春奈が、春ちゃんへと受け継がれています。
随分と・・男前にイメージチェンジをなさってますが・・。








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