雪村の仕事はある意味で成功、していた。
少なくとも平助と新八の二人は花町に繰り出す回数が格段に減って、昼の巡察に遅刻したという話も聞かない。
まぁ、普通に起こした、というよりは多々のハプニングも生じたわけだが、
それにより土方さんの悩みはひとつ減ったわけなので、成功と称しても間違いではないだろう。
しかし、約一名、左之だけは、酒の量を控えるどころか増す勢いで、浴びるように飲んで、当然のことながら朝餉には顔を出さず、
任を解かれたはずの雪村は毎朝アイツを起こしに行っている。
「あっれー?左之さん、また寝坊?」
「・・あぁ、そのようだ。」
平助が広間に顔を出してきょろきょろと辺りを見回してから、拗ねたように口を尖らせた。
「うっわー、絶対わざとだよ!千鶴に起こしてもらうためにさ!!」
「・・・・・・。」
そうは言いつつも、だったら自分も!と平助が言い出さないのは、以前に起こしに来て貰いそのときに二人の間に何かがあったから、のようだ。
別段、詮索するつもりはないが、妙に浮き足立つ雰囲気に落ち着かない。
「・・・千鶴、大丈夫かな・・」
「平助、」
不安そうに呟く視線は、彼女がいつも座る定位置に注がれている。
広間では各自好きな場所に座るが、彼女はいつだって飯盒の傍に座り、おかわりと誰かが言えば進んで飯をよそう。
「一君。・・一君はさ、あれだよな、千鶴のことなんとも思ってないよな・・」
「どういう意味だ。」
「・・いや、ごめん!今の忘れて!!さーて、飯くおーっと!!」
そそくさと身を翻して俺より少し離れた場所に腰を下ろして朝食に手をつける姿を見やって、自分の手元に視線を落とす。
どうにも、食欲がないのは何故だろうか。
ただ、淡々と京の治安を守るという建前を掲げて人を斬り殺していた毎日に降ってきた、少女との生活。
自分らの中に彼女が溶け込めるか、など関係がないと思っていた。
こうした日常の中の些細な出来事に関心を向けている自分がどこか信じられず、気を抜けば否定しかねない。
「・・・・・・・。」
もう一度、飯に手をつけようとして、しかし胸の内の気持ちの悪い苛立ちに食欲など失せ果てる。
雪村、千鶴のことを、どう思っているか・・か、
愚問だ。そんなこと、自分の胸に改めて問わずとも理解している。
完全なる、一方通行な想い、この胸中に必要のない、しかし、決して消えてはくれぬ厄介な感情、それだけだ。
「・・・・・・・・。」
私は、なるべく自分の中で渦を巻いているような落ち着かない感情を必死に押さえ込もうと何度も深呼吸を繰り返しながら廊下を歩いていた。
土方さんから任を解かれた私は、けれど毎朝ある人を起すためにこの縁側に面した廊下を歩いている。
ぼんやりと、これから起しに行く人物の顔を思い浮かべる。
きっと、三人の中では一番目覚めがいいだろうあの人は、それでもわざとと思えるくらい毎朝朝餉に寝過ごして、起しに来るまで起きたくない、
なんて、子供のようなことを言う。
でも、毎朝、声をかければ彼はすぐに目を覚ます。
そうして朝一番、柔らかく微笑んでくれて、それが微笑ましくてなんだか嬉しくて、自ら足を運んでしまう。
あまりにも優しくて、心が満たされていくような気がして、
だからこそ、私は忘れていた。
安心しきって、不安なことに見てみぬふりをして、あの人との約束を、なかったことにしようとしていた。
「っ・・!?」
でも、だからといって、急に襟首をつかまれて部屋に引きずり込まれるなんて、どうして予測できたと言えるんだろう。
「・・・っは・・・っ!!!」
そのまま勢いよく引っ張られて背中を床に叩きつける形で倒れこんだ。
首と喉に急にかかった圧迫と、背中への衝撃で胸が痛んで悲鳴を上げていた。
何度か咳き込んで、生理的に目元に涙が浮かんでしまう。
なにが、とか、誰が、とか、そんなことを考えるのは、しばらく自分の呼吸を整えることに必死で後回しにしてしまっていた。
だから、とは言わないが、彼が私の様子を伺い、嬉しそうに口元を歪ませていたことに気づきもしなかった。
「っはぁ、はぁ、、、」
「・・大丈夫?千鶴ちゃん。」
「・・っ・・・、おき、た・・さん。」
なんとなく、分かっていた。背後からの襲撃とも言えるほどの行為。
こんなことをするのは彼しか居なくて、そうして同時に、この間の彼の言葉が私の中でゆらりと浮上してくる。
「僕のことも起こしにきてって言ったのに、どうして僕の部屋を通り過ぎて左之さんのところに行こうとしてるの?」
「・・ひ、じかたさんからお仕事の任を解かれたので・・、」
「違うよ。そんなことを聞いてるんじゃない。」
彼は、私の答えはお気に召さなかったらしい。
敷かれたままの布団に倒れこんだ私を覗き込むように膝を折ってしゃがみ、乾いた笑みを浮かべる。
「僕は、キミに起こしに来て欲しいって言ったよね。これは土方さんの命令とは別の話、でしょ?」
「・・でも、沖田さんは・・いつも寝坊などしないので・・、」
なんとか、震えずに声を発することが出来ただろうか。
彼の気に入るようか回答なんて、きっと存在しない。
彼は私が諦めてすべてをゆだねるような投げやりな答えを返せば、きっと温かみの欠片もない表情を作る。
かと言って、足掻けば足掻くほど、彼は嬉しそうに更なる追い討ちの言葉で私を下へ下へと突き落とす。
きっと・・・、起こしに行っても、それを避けようとした今と、なんら変わらない状況に陥っていたと、思う。
「・・キミは、学習能力がないの?僕が寝坊するとかしないとかも関係ないよ。
言った、でしょ?起こしにきてって。何度も同じことを言うのって嫌なんだけどなぁ。」
「・・す、みません・・。明日からは、ちゃんと伺いますので。」
今、この部屋を離れれば、きっとなんとかなる。
また夕方、縁側で一緒にお茶を飲んだり、原田さんたちと一緒にわいわい夕食を食べることも出来る。
私はこのとき、背筋を凍らせるような、肌に痛いほどの殺気を向ける沖田さんをただただ宥めることに必死だった。
「うん、約束。明日は、必ず一番に僕のところに起しに来てね。たしか、平助君や新八さんは自分で起きるんだよね?」
「・・はい。」
にこにこと、笑顔、なのに、どうしてこんなにも怖いのだろう。
普段から、少し意地悪なことを言う人ではあったけれど、殺す、と何度も言われてきたけれど、
こんなにも身の危険を感じるほどの妙な違和感は初めて感じる。
「それにしても、平助君も新八さんもさ、キミに起してもらってからそわそわしてる、なんて、笑っちゃうよね。
普段から島原に通ってるくせに、変なところで妙に純情だよね。」
からからと笑ってはいるけれど、相打ちを打って和やかな雰囲気を作ろう、とはどうしても思えない。
だって、ようやく息を整えて布団から起き上がろうとすれば、彼は私のすぐ傍に手をついて、行動でそれを制する。
口元も目元も笑っているのに、目だけが笑っていなくて、私がこの場を離れることを許さない。
「でもさ、なんか、苛々するんだ。」
「沖田、さん・・」
「平助君も新八さんも、島原行くの控えて千鶴ちゃんにお酌してもらうって言ってるし、左之さんなんて、起してもらうために昨夜もめいっぱい飲んでるし、さ。」
彼は、何を、言ってるんだろう。
じりじりと、歩み寄って、身を低くして、私の両脇に掌をついて、、、そうして、私を閉じ込める。
「ねぇ、千鶴ちゃん。」
「は、い・・。」
「僕ってさ、実はそんなに我慢強く、ないんだ。」
「え・・、っ・・・!?」
ダンっと再び布団に倒される。
中途半端に背を浮かせていた状態から力任せに押し倒されれば、当然の如く一瞬意識が飛ぶ。
「っ・・・・・・!」
打ち付けた頭がくらくらして、ぐらりと脳が揺れるような気持ちの悪い浮遊感を感じる。
「ねぇ、もし、千鶴ちゃんは僕のものだから手を出さないで、ってみんなに言ったら、どうなるかな?」
「っ、な、にを・・言って・・・、」
きつく閉じた目をそっと開けば、彼の冷めたような、どこか苦しんでいるような、そんな表情が視界に飛び込んでくる。
しかし、すぐにそれは消え去ってしまって、それからじわりと歪んだ笑みを浮かべた。
「平助君は諦めきれないってもっと積極的になるかもしれないし、左之さんなんて本気で怒りそうだよね。
新八さんと一君は、どうだろう。あの人たちも千鶴ちゃんに気がありそうだけど、いまいちどの程度か分からないんだよね。」
縁側で一緒にお茶をするような、そんな明るい声色で話しているけれど、私にはそれを聞き取って頭の中でちゃんと理解するほどの余裕はない。
もがいて彼の下から這い出ようとすれば途端に捕らわれる手首。
怖くて、どうしてこんなにも彼が怒っているのか、
そもそも怒っているのか、楽しそうにしているのかも分からなくて、
私の中はめいっぱいの混乱と不安と、、、そして、あの一瞬の悲しげな表情に対する疑問。
「ねぇ、なんでさっきから目をそらすの?」
「・・・・・。」
「僕のこと、怖い?」
「・・・・・・。」
どう答えていいか分からなくて、こくこくと頷いて返答した。
そうしたら、彼はにっこりと微笑んだ。
「うん、素直でいいね。でも、」
「・・・!!!」
「最近、左之さんの匂いばっかりさせてるからさ、ちょっとだけお仕置きしようかな。」
早急な動きで噛み付かれるように首筋に彼は顔を寄せた。
それからちゅっと、音を立てて唇を寄せたかと思えば、そのまま歯を立てる。
「い、・・っ・・・・、」
本当に、噛み千切られるかと思うくらい首に激痛が走って、しかし私の身体はすぐにその傷を塞ごうとする。
それを許さないというように、彼は再度歯を立てて傷口を広げた。
「っ・・!お、きた・・さん・・、」
「・・・大丈夫?頚動脈にはいってないと思うんだけど。」
平然とそんなことを言いながら、彼は唇についた私の血を舌で舐めとる。
その妖美な仕草に、思わず心臓がドクンと高鳴った。
「っ、ん・・・、・・っぁ・・・、」
「千鶴ちゃんって、すごくいい声だすね。」
まるで、本当にそういうことをしているみたいだよね。
なんて、彼は笑って言いながら、私の耳朶に口を寄せた。
「ねぇ、首のとこ、血で汚れちゃったね。傷はもう塞がったみたいだけど、これじゃぁ、左之さんのこと起こしに行けないよね。」
クスクスと微笑をもらして、硬く閉じたままの私の瞼の上に口付けを落とした。
先ほどまでの首の激痛はいつの間にか去っていて、血で汚れていた首筋は彼が丁寧に舐め取ってしまったようだった。
「血が甘い、なんて言ったら、まるで彼らみたいだよね。」
「・・か、れら・・?」
私の問いには答える気がないらしく、彼は口を噤んでさらに行為を進めてきた。
首筋に歯を立てるために広げられた襟首をさらに押し広げられ、鎖骨から胸元にかけてひんやりとした空気が肌を撫でる。
「お、きたさん・・」
もう、何がなんだかわからなくて、ただただ私は首を横に振った。
いやだ、と意思表示するにはもうこれしかなくて、彼のこの行動の意味も、この後どうなってしまうのかも分からなくて、目元に涙が滲む。
「いいね、それ。」
「・・え?」
「僕さ、キミの泣き顔が一番好きかもしれない。」
「・・・っ、」
鎖骨に降りた舌はそこをひと舐めしてから、歯を立てる。
血が流れるほどの強さではない刺激が肌を伝って全身に広がり、そうして私の身体を震わせる。
それから、邪魔だと言わんばかりに乱暴にさらしを歯で挟んで引っ張る。
「っ!!・・ゃ、だめ、沖田さん、いやです!!」
「気持ちいいって喘ぐ声は聞きたいけど、そういう拒絶の言葉は聞きたくないなぁ。」
のんびりとした口調にも、どこか威圧するものがあって、けれど、私は抗議の言葉を押しとどめるわけにはいかなかった。
「・・・ん、・・・ッ、い、や・・、」
ギリっと彼の歯軋りの音が響いて、でもそれはさらしを歯で噛み千切った音で、サッと頭の中が冷える感覚が走る。
「っ!!!」
抗議の言葉なんて聞いてくれない、だったら、涙なんて流す暇があるなら少しでも抵抗しなくちゃ、
そう思って、唇をかみ締めて手首に力を込める。強い力で一寸とも動かすことが出来ないなら、せめて、と身を捩じらす。
「ねぇ、そういう無意味な抵抗ってさ、ただ僕の機嫌を悪くするだけなんだけど、いいの?」
「っ、」
低い、地を這うような声色に、思わずビクリと肩を震わせる。
彼は私の胸元から顔を上げて覚めた目で、こちらを見下ろす。
そうして、絶望ともいえる言葉を落とした。
「まぁ、ある種、それって男を煽ってるだけなんだけどさ、」
「っ・・・!!!」
千切れたさらしの端を歯で引かれ、微かに背が浮く。
そうして妙な浮遊感を感じたと思ったら、それは簡単に私の身から引き剥がされる。
「っ、や、やだ、いや・・・、やめて、沖田さん・・、」
「・・泣いたって、嫌だって言っても、やめるつもりないから諦めたら?」
「・・・、お願い、ですから・・、離してくだ、さい・・」
嫌だ、ということをやめるわけにはいかなかった。
抵抗をやめてしまったら、彼は、きっと更に機嫌を悪くする。
そうして、諦めにも似た不機嫌な声を出して、悲しい目をしながら私を更に追い詰める。
どうして追い詰められる私が彼を気遣っているのかなんてわからない、だけど、彼は本心ではこんなこと望んでいない気がする、から。
ぺっとさらしを無造作に横に吐き捨てて、それからさらしの無くなった無防備な胸元をじっとりと嘗め回すように視線を這わせてくる。
私は、ただ、震えることしか出来なくて、辛うじて身にまとっているものが左右に全開に広げられたら、それは彼の目の前にすべてを晒してしまうことになる。
恥ずかしいとか、そんなことよりも、ただ怖かった。
怖くて、体中の芯からゾクゾクとしたなにかがせりあがってくる。
「・・へぇ、千鶴ちゃんって意外と胸大きかったんだね。」
「っな・・・、なな、何を・・、」
にっこり、と黒いものなど全く浮かべずに告げられた言葉は、私に更なる羞恥心を与え、
「この胸にいつもさらし巻くんじゃ、苦しいよね。今度から僕も手伝ってあげようか?」
「い、いいです!結構です!!一人で出来ますから・・・!!」
「えー、」
のんきなおしゃべり、に聞こえるような会話の最中も、彼は私の首筋から胸元に顔をうめて、それから着物の合わせ目から覗く肌に頬を寄せる。
「っ・・・ん、」
「千鶴ちゃん、」
「っ・・ゃ・・・、」
つつ、と何かひんやりとしたものが胸の中心に下りてきて、硬くかみ締めた唇から否応なしに吐息が漏れた。
「あれ、もう、抵抗はいいの?もっと暴れるかと思ったんだけど、つまんないなぁ、」
なんていいながらも、彼は上機嫌で、胸元に口付けを繰り返す。
それがくすぐったくて、でも、自分の知らない感覚を植えつけてくるようで、怖い。
「ひゃっ・・・!!」
途端に、全身に一本の刺激が走り、背を仰け反らせる。
胸元に唇を寄せていた彼は、そのまま左の胸に直接舌を這わせてきたから。
どこか現実とは思えないふわりとした感覚に、引きずり込まれそうになって、でも、と歯を食いしばる。
「あれ、結構我慢強いんだ。」
沖田さんは飄々と言ってのけるけれど、どこか楽しそうで、
「どうして、お、沖田さんが、こんなことをするのか、わかりませんけれど・・・・・この行為を、受け入れるわけには・・いかないんです・・」
「・・・・・・。」
すっと横に一文字に唇を引く彼の瞳は、怒りとか驚きとか、そういう感情を一切消し去ってしまったような、どこか無機質なものだった。
ただ言えることは、少しだけ、瞳を寂しげに伏せたということ。
彼は、その感情をいつものようにすぐに隠したりはしなかった。
隠そうと無表情、ううん、唇を歪めて意地悪な表情を作ろうとしていたけれど、それは私にも嘘と分かってしまうほどのもので、心の中でざわざわと風が舞った気がした。ほんの少しの沈黙の後、彼はようやく普段のようにどこか無感情に、口端を持ち上げて、冷めた視線をよこした。
「まぁ、抵抗するのもキミの自由だけどさ、お仕置きが酷くなるのは覚悟しといてね。」
「んな覚悟、必要ねぇよ。」
目を細めて、口端を吊り上げて物騒な言葉を吐いた沖田さんに即座に返事を返したのは、私ではない。
ぎゅっと硬く閉じていた目をそっと開けば、襖が開いていて気持ちのいいくらいのお日様の光が部屋の中に届く。
「総司、離してやれ。」
「・・空気読んでよ左之さん。いつもは、こういう時は知らぬ振りして通り過ぎてくれるでしょ?」
「そいつぁ、お前が派手に浪士を斬り殺すときのことだろうが。そんなときに止めたってお前が止まるはずもねぇから放っているだけだ。」
今とは勝手が違う。そう、彼は声を低くして沖田さんの背に殺気を放った。
「っ、原田・・さん・・、」
「・・・大丈夫か?千鶴。」
原田さんはゆっくりと私の傍まで歩み寄って、声色を優しくしながら私の手首を押さえつけていた沖田さんを無遠慮に突き放す。
「・・・・・左之さん、」
「お前の気持ちも俺の矛盾も、いろいろすっ飛ばしてこの場には関係ねぇことだ。こいつを泣かしてまで成そうとすんじゃねぇよ。」
私を腕に抱き、そうして引き離されたことで行く場をなくした彼の寂しげなまなざしが途端に鋭さを増して、矛先を原田さんに向ける。
「・・・・・ずるくない?僕を悪者扱いにしてさ。」
「ずるいとかずるくないとかじゃねぇだろ、」
呆れたように息をついた原田さんを見て、沖田さんは殺気を身の内に引き止めてから私へ笑顔を向けた。
思わずビクリと肩が震えてしまったことは、私を支えている原田さんにも、もちろん沖田さんにも気づかれていたと思う。
「千鶴ちゃん、約束、忘れないでよね。」
「・・や、くそく・・」
「明日は変なことしないからさ、ちゃんと声かけに来て。わかった?」
「・・・は、い。」
さっきまでの自分の行いなど綺麗サッパリ忘れてしまいました!なんて顔で微笑んでくるものだから、私の中は混乱で破裂しそう。
「総司、」
「分かってる。反省してるからさ、早く彼女連れてってよ。」
もう、用はないとばかりに沖田さんは私から視線を逸らしてさっさと出て行けと襖を指し示す。
混乱で埋め尽くされた心の中で、それでも私は沖田さんから視線を外してしまうことを拒んだ。
目を逸らしてしまえば、あの時の、あの、寂しそうな彼の顔をなかったことにしてしまいそうで、怖かった。
「・・・千鶴、いくぞ。」
「原田さん・・。」
「ねぇ、左之さん。」
「・・・・・・。」
「見守る、だけじゃ欲しいものは手に入らないんだよ。」
「っ・・・、」
原田さんは、沖田さんの言葉に微かに眉をひそめた。
そうして、ぐいっと少し力を入れて身体を引き上げられて、そのまま私は部屋の外へ連れ出され、
沖田さんが逸らした視線を再び合わせてくれることがないまま彼の姿は完全に視界から遠ざけられた。
「は、原田さん・・」
そのまま痛いくらいに強く手を引かれて引きづられるように沖田さんの部屋から離れた。
「原田さん、あの、手を・・」
「・・・・・・・。」
こちらを振り返ることなく、彼はそのまま奥へ奥へと廊下を進んでいく。
原田さんらしくない雰囲気に、私はただただ戸惑うことしか出来なかった。
「あ、あの・・・」
彼の進む方は、広間でもなければ私の部屋でもなくて、沖田さんの部屋よりもずっと奥、そこは、ここ数日私が毎日通っている部屋。
「原田、さん・・・」
片手を引かれ、もう片方は着物の合わせ目をしっかりと抑えている私は、彼に部屋へと誘われても拒むことが出来ず、ただ従うのみだった。
部屋へと通されても、原田さんはしばらく口を閉ざしたままで、普段の彼らしくない様子と自分自身の乱れた格好をどうにかしたくてそわそわと落ち着かない気持ちで居た。
そんな時、俯いて口を閉ざしていた原田さんがようやく顔を上げて、私の名を呼ぶ。
「千鶴。」
「・・はい。」
「大丈夫か?」
「え・・?」
やや落ち込んだような表情のまま、彼はそっと私の首筋に手を添えた。
思わずビクリと肩を震わせれば、近づいてきていた掌も少し戸惑ったような気配がしたけれど、彼はそのままスッと指を滑らせた。
「・・・っ、」
「傷跡は、残っちゃいねぇみてぇだが・・、」
そこで、ようやく彼は肩を染めている赤を見やって、心配そうに眉を下げていたのだと気づいた。
きっとこの赤は沖田さんの部屋の布団にも広がっているだろうな、とぼんやり思いながらも私は心配そうに見つめてくる彼に笑顔を向けた。
「大丈夫です。もう、痛くもないですし、」
「そういう問題じゃねぇだろ、こんだけ血が出たんなら痛みも酷かっただろうに。」
彼はそう言いながら、傷跡が先ほどまでは多少残っていただろう場所を何度も撫でてくれる。
まるで、自分が傷つけてしまったと言わんばかりに悲しげな表情を貼り付けて、何度も、何度も。
「あの、原田さん・・。」
「ん?」
「先ほどは、その、ありがとうございました。」
なるべく、明るい声色を、と心がけた。
さっきまでの沖田さんの声とか表情とか、思い出すだけで背筋に何かが走っていくけれど、それでも、この目の前の優しい人に心配をかけるわけにはいかなかった。
「沖田さんもきっと、ちょっと悪ふざけが過ぎただけだと思うんです。だから、」
「本当にそう、思ってんのか?」
「え、」
「総司が、いつもの悪ふざけでお前にこんなことをしたって、本当に思ってんのか?」
「そ、れは・・」
無意識に着物の合わせ目をぎゅっと掴んだ。
胸が、痛んだ気がしたから。
「・・・・千鶴、」
原田さんは努めて柔らかい声色を出してくれているようで、その心地よいほどの優しい呼びかけは私の中に暖かいものを落としていく。
「俺は、お前の泣き顔とか、悲しそうにしてる顔って見てらんねぇよ。」
「・・・、」
優しく、抱きしめられる。
暖かくて、心地よい。
「お前が笑ってられんなら、いくらだって兄貴でいてやろうって思ってた。」
「原田さん、」
「ただ、一歩引いたことで、横から掻っ攫われんのは、我慢できねぇ。」
「え・・・、」
え、と疑問の声が漏れたのと同時に、ぎゅっと背中に回された腕に力が込められる。
「・・・ちづる」
この、切なそうに私の名を呼び続ける人は、だれ・・?
私は、この暖かくも大きい背に、無意識に腕を回してしまいそうになる。
「原田さん、私は・・・・ん、」
「悪い、すまねぇ、総司にえらそうなことを言っておいて、卑怯者だよな、」
突然、唇に感じた暖かい感触。
でもそれは、すぐに離れてしまう。
「っ・・・ん、」
そうして離れた唇が再び触れ合う。
「お前のこと、すげぇ大事だ。お前が俺のこと兄みたいに思ってんのはかまわねぇ。俺だってお前が妹のように可愛いし、守ってやりてぇって思う。だけどよ、」
何度も、何度も、触れては離れ、を繰り返す。
「それでも、俺はお前を誰かに掻っ攫われんのは、どうしたって許せねぇ。
妹のままでいたいってんなら俺もお前の兄貴でいてやる。だから、俺の隣にいろ。
守ってやるから。いつだって頭撫でてやるし、支えてやるからよ。」
そういって、再度口付けられ、しかし、今度のは深く、心の奥底まで熱が伝わってくるようなそんな激しさが伴っていた。
「ん・・・っ、」
私は、この口付けを自然に受け入れていた。
流されていたわけじゃない。けれど、拒むことが出来なかった。
拒むどころか、むしろ、涙が出そうなくらい嬉しくて、どうしようもなく、満たされていくような、そんな気持ち。
「千鶴、拒みたきゃ拒め。お前が本気で嫌だといえば、今ならまだこの手を離してやれる。」
強く、それでいて、どこか労わりも感じられるほどの力で抱きしめられている身体は、けれど拒めばあっさりと引いてくれるのかもしれない。
彼の目を見てしまえば、仮に今すぐ離してくださいといったからといって彼がこの熱を離すとは到底思えない目をしてるということくらいすぐに分かるのだが、彼自身、心の中で葛藤があるのかもしれない。
「わ、たしは・・・、」
正直、私はどうしたらいいのか分からなかった。
この手を、ぬくもりを離してしまうのが怖いと思う自分もいれば、このままではいけないと思う自分もいる。
「私は・・・、わからないんです。」
「わからない?」
「この手を・・離してしまいたくないと、思う自分もいて、けれど、私は・・・」
ぐっと喉に力を込める。
わからない、なにもわからない。
沖田さんの言葉の意味も、悲しげな瞳も、原田さんの想いも、目を逸らしてしまいたい。父様のことだけ考えて、目的のためだけに動いていたい。
でも、わたしは・・・
「明日も沖田さんに笑顔でおはようございますって言いたいんです。平助君にも永倉さんにも、斉藤さんや土方さんにも。
そして、原田さんと一緒に縁側で並んでお団子食べたり、また巡察にご一緒させてもらったり・・・、頭を、撫でてもらいたいんです。」
「だから、いくらでも撫でてやる。お前が望むなら、俺は、」
「違っ・・!・・・違うんです。分かってるつもりです。原田さんの言葉の意味、本当は、分かってます。けれど、何よりも、私は自分自身の気持ちが分からない。
こんな中途半端な気持ちであなたの目を見ていたくない・・。」
私が、ぎゅっと瞑った目を開いて、再び彼に思いをぶつけようと口を開けば、
「っ・・・・、」
「もう、黙ってろ。」
「・・ん・・・、っ・・・、」
「分かったから。千鶴が言いてぇことは。だから、少し、黙れ。」
言葉は少し乱暴だったけれど、背中と後頭部に回された掌は温かく、そして優しかった。
「っ、はらださ・・、っ・・・、」
「・・ちづる、」
低い声色は私の中で心地よく響き渡る。
名前を呼ばれるのが、こんなにも切なく、そして嬉しいものだなんてはじめて知った。
何度も合わされる唇。もう、初めての口付けなんかじゃない。
彼によって、すでに二度目三度目を経験し、しかし何度交わしても優しくて暖かい。
「偉そうに俺の隣にいろ、なんて言っちまったけどよ、確かに俺もお前もまだ中途半端だよな。
俺には、まだ、もう片方を捨てる覚悟ができちゃいねぇ。」
「もう、片方?」
彼は少し困ったように微笑んでから、優しく額にひとつ口付けを落とす。
「千鶴、お前は言ったよな。また一緒に団子食ったり茶飲んだりしたいって。」
「は、い。」
「みんなで、だよな?」
「・・・皆さんで、一緒にお茶を飲むのはとても楽しくて大好きです。でも・・、原田さんと二人でのお茶の時間も、すごく、好きです。」
私の言葉に微かに瞳を開いて、そうして彼は、私の大好きな柔らかい微笑みを浮かべた。
「千鶴、答えは、まだいらねぇよ。無理して出す必要もねぇ。
俺だって総司や平助、新八たちと馬鹿騒ぎすんのも嫌いじゃねぇ。あの時間を壊したいなんて思っちゃいねぇ。」
優しく頬を撫でられる。
そして、さらしが抜かれ少しばかり荒れた襟元に優しく、気遣うように触れて口付けを落とす。
「ただ、覚えていてくれ。俺は、お前が大切だって、な。
新選組とどっちが、なんてガキみてぇなこと聞くなよ?俺だってまだ答えなんざ出せてねぇんだからさ。」
そう言って笑う顔が、なんだか愛しくて。
好きだとか、そういう言葉を彼は決して言ってはくれなかった。
大切だ、大事だ、そういう言葉で想いを伝えてくる。
永倉さんや平助君は、原田さんは女の人にモテるし女慣れしてる、なんて言うけれど、本当は少し不器用な人だと思う。
今は、大切だ、大事だ、と言ってくれるほうが私にとっては嬉しくて。
好きだと告げられたらきっと困惑して心がざわざわしていたと思うけれど、大切だと言われるとすごく暖かい。
私も、彼と同じ気持ちだったから。
「原田さん・・、私、毎朝原田さんにおはようございますって言うの、すごく好きです。」
「起しに来ると、原田さんはいつだって優しく微笑んでくれておはようって頭を撫でてくれて、そういう時間がすごく愛しくて、」
だから、明日も起しに来ていいですか?と言えば、当たり前だ、と返してくれる。
「まだ、俺もあいつらと並んで茶、飲んでたいしな。」そう言って、彼は優しい笑みを浮かべた。
「んで、話はまとまったところで・・・、」
しかし、続いた言葉に私はそろそろ彼を連れて広間に行かなければ、と身体を離そうと身じろいでいた身を緊張で固めた。
「まぁ、総司っつー悪の手から救い出した正義の英雄に、少しだけご褒美くれたってバチはあたらねぇよな。」
ニっと口の端を持ち上げて、子供のように笑って、彼は着物の合わせ目を控えめに開いた。
「っ・・、ご褒美って・・・、」
「拒みたきゃ、拒んでいいぜ。」
明らかに先ほどとは違った意味で、裏のない笑顔でそういうことを言うものだから、私は思わずぐっと押し黙ってしまう。
ずるい。私よりもずっと、ずっと大人なのに、そんな無邪気な笑顔で、そんなずるいことを言う。
拒めるわけがない。自分から彼の頭を抱きかかえてしまいたくなる。
「っ・・・ぁ・・・、」
鎖骨の辺りにチクリと小さな痛みが走って、それから優しく舌で舐められる。
知らぬ間に合わせ目から滑り込んだ大きな掌に胸の間をスッと撫でられて、暖かい彼の掌の体温に、はぁ、と思わず吐息が漏れる。
「はらださん・・、」
「・・・ご褒美止まりで、やめられねぇかも・・、」
「え・・?」
ちょっと困ったように笑った彼は、戸惑った私をなだめるように片方の腕を背に回して、ゆっくりと撫でる。
その心地よさに、何もかも忘れて、身を任せてしまいたくなる。
「ほんと、お前の肌って柔らけぇな。」
「っ・・ん・・、」
顎から首筋を這う舌に翻弄され、次第にぼんやりとする意識。
しかし、ふいに脳裏をかすめた声に、私はゆっくりと腕を待ち上げて彼の胸を押した。
「っ・・、だめ、です。原田さん。」
「悪ぃ、もう・・止められねぇよ・・」
「・・・、でも、」
「いいから、お前が怖がることは何もしねぇよ。だから・・・力抜いてろ。」
「は、らださん・・・。」
優しく、それでいてどこか私を押さえつける声色。
身体のどこかを押さえつけられて身動きが取れない状況よりもよほど厄介で、切ない。
「・・っ、」
優しい動作だとしても、自分とは違う男の人の大きな掌が、自分の着物の合わせ目にかかると緊張が走る。
やめて、恥ずかしい、みないで、と・・、叫んでしまいたい。でも、声がでない。
「・・さらし、総司んとこ置いてきちまったんだな。」
そう、小さく呟く。
独り言のつもりだったのかもしれない。
「っ・・・、」
控えめに広げられたそこに、冷たい風が撫でるように過ぎ去っていく。
彼の視線がどこを見ているかなんて、怖くて、知りたくなくて、ぎゅっと目を閉じて、息を詰めた。
「千鶴、」
優しく、優しく名を呼ばれる。
「・・・・ん、」
首筋に、鎖骨に、胸元に、小さな口付けと、吐息がかかる。
思わず漏れた小さな声に、彼が微かに微笑んだ気配がした。
「怖がらせることはしたくねぇけどよ。それでも、小さく震えちまってるお前は可愛いって思っちまうんだよなぁ、」
「原田さん・・、」
そっと、瞼を開く。
どこか困ったように眉を下げて笑う彼が視界いっぱいに広がって、どうしようもなく、胸の中が熱くなる。
「・・・そんな目で、見んな。これでも、ギリギリで抑えてんだからよ。」
自分でも、驚いてしまった。
頭の中は、いろんな言葉が浮かんで、それでもまとまってくれず今の感情がなんなのか分からない。
それでも、この人が愛おしくて、たまらない。
「原田さん・・、私、怖く・・、ないですよ。」
自然に零れ落ちた言葉。
それに驚いたように目を大きく開いた彼の顔を、私は両手で包み込むようにそっと掌を添える。
「怖く、ないです・・。」
「お前・・、」
目を丸くして、そうして、一度ごくりと喉を鳴らす。
それから、困ったような照れたような、どっちにも取れる曖昧な笑みを浮かべてから自然な動きで私を抱きしめる。
「かなわねぇよ・・・、お前には。」
「・・・っ、」
「もう、待ったはきけねぇからな。」
「は、い・・。」
強く、耳朶をかまれて、囁かれた言葉に、私は自然に首を縦に振った。
すぐさま、彼の頭は胸元まで下がり、着物の合わせ目を豪快に広げる。
「っ・・・、」
「すぐに、熱くなる。」
冷たい外気に震えた身体を、彼は温めるかのように優しく撫でる。
「っ・・・、」
髪結いの紐を解いて、彼は私の髪を優しく梳いた。
そのまま、私を優しくなだめるように撫でてくれたかと思えば、ふいに足元に感じる違和感。
「っ・・・ひぁ、」
悲鳴ともとれる小さな声が漏れる。
慌てて掌で口を覆おうとするが、それをやんわりと制される。
「声、抑えんな。」
「で、も・・、・・・っ!」
どうしたって、恥ずかしくて、どうしようもなくて、けれど彼は私が必死に力を入れている手首を掴んで、そこに小さく口付けを落とす。
何度も、何度も、ちゅっと音を立てて赤い痕を残していく。
「やだ、原田さん、そんなところ・・」
「・・・千鶴、」
「え・・?」
低い、落ち着いた声で名を呼ばれて、思わずふいっと顔を彼に向けた。
「待ったはなし、って・・言ったはずだぜ?」
「っ・・・!」
そう言って、彼は子供のように無邪気な笑顔を作った。
@あとがき
あけましておめでとうございます!!
と、いうご挨拶には少々遅くなってしまいましたが、まぁ、1月中の間は全部この挨拶で済ませてしまおう!
なんて、考えております(*^◇^*)こんにちわ!笑さん!!
年賀状、有難うございました!!
素敵過ぎる左之さんに、思わずお餅食べるのを忘れて魅入ってしまいました!!(//へ//)
だって、だって、お年玉・・彼からどうしたらお年玉もらえるんでしょうかねvv
いろいろと、その、ドキドキさせられちゃいました(笑)
えーっと、モーニングコール番外編は、とりあえず前編はここで終わりです!!
後編は、書きあがってはいるのですが・・・なんとなく、公開するのが恥ずかしい・・・(ーvー;)
どどど、どうしたら・・いいんでしょうか!!え、UPするべきですか?でもでも、えっちぃのはあんまり上手にかけないのです。。
ここで後はご想像にお任せいたします!と締めちゃったほうがいいかなーなんて・・・(*^◇^*)